2026/09/25
都立第五福竜丸展示館を見学しました。
江東区・夢の島にある、都立第五福竜丸展示館を見学しました。
同船は1954年3月1日のビキニ環礁における米国の水爆実験に巻き込まれ、被ばくしました。
これにより、乗組員の一人で、当時40歳の無線長・久保山愛吉さんは、被ばくの半年後に命を落とされました。
その後、国内では、放射性降下物の影響で魚も野菜も食べられないという状況になり、反核意識が強烈に高まりました。
こうした国民世論の後押しによって、非核三原則は国会決議を経て国是と呼ばれるようになっていったという背景があります。
展示館には、巨大な船体がど真ん中に配置され、周囲に経緯やその後の波紋に関するパネルが展示されていました。
久保山さんのご逝去への寄せ書きも展示されており、その中には被団協代表委員の田中煕巳さんのお名前も。温厚なお人柄からは想像できない怒りのお言葉が胸に突き刺さります。
たまたま消防学校の学生の皆さんも見学に来ており、一緒に説明を聞かせていただきました。
来月5日から始まる臨時国会では、防衛三文書の前倒し改訂に伴う「非核三原則」の取扱いが重要テーマとなります。
そもそもの経緯を学びながら、建設的な論戦を行ってまいります。
